ひきこもりから確実に脱出するための唯一の方法を紹介します

橋

みなさんこんにちは。

このページでは、ひきこもり生活から抜け出すための最も確実な方法をご紹介します。

僕も少し前までひきこもり生活をしていましたが、現在はそこから抜け出して社会復帰することができました。

その経験から、ひきこもりが社会復帰するために必要不可欠だと感じた条件を書いていきます。

引きこもりから確実に脱出するための唯一の方法は“危機感”を持つこと

引きこもりから抜け出すために、無くてはならないものがあります。

それは危機感です。

ひきこもり生活をしている本人が、このままではまずいという危機感を自発的に持つ必要があるのです。

もしかしたら、そんなことは当たり前だと思う方もいるかもしれません。

そうです。当たり前なんです。

でも一度引きこもりが長期化してしまうと、なかなか外に出るきっかけは訪れません。

自分から現状を変えようという意思を持てない限り、ひきこもり生活から抜け出すことはできないのです。

そして現状を変えようという意思は、自発的に危機感を持つことでしか生まれません。

ひきこもりが自発的に持たなければならない危機感とはなにか

引きこもりを抜け出すために持たなければならない危機感とは、自分の生活もしくは生命が脅かされるぐらいの緊急性を要する危機感のことです。

分かりやすくいうと、今すぐ働かないと死ぬかもしれないというような危機感です。

以前に僕がひきこもっていたときは、このままではまずいから何とかしなければならないという危機感が常にありました。

しかしなかなかひきこもり生活を変えることはできませんでした。

ひきこもりの方のほとんどは、僕と同じように現在の状態が良くないものだということは理解していると思います。

理解しているからこそ、自分の人生がだんだん取り返しのつかないものとなっていくにも関わらず、どうすることも出来ないというジレンマに直面して苦しむことになるのです。

しかし残念ながら、このような慢性的な危機感は引きこもり生活から脱出するきっかけにはなりません。

引きこもり生活から抜け出すには、このままでは今の生活が続けられないかもしれないと思えるような切迫した危機感が必要なのです。

以下で具体的な例を用いてお話します。

僕が危機感を持つことでひきこもりを脱出した経緯

僕は大学を卒業してから、だいたい四年近くひきこもっていました。

最初は両親からも特になにかを言われることはありませんでした。学校に通ってた頃にも、一時期不登校になってひきこもった経験があったので、また始まったかぐらいの気持ちだったんだと思います。

でもある時期から家のなかで家族とすれ違うときに、チッと舌打ちれるようになりました。

さすがに少し動揺しましたが、引きこもりの活動時間は健全な人たちが就寝している深夜から明け方にかけてがメインです。

家族が活動してる間は冷蔵庫の物色もしないしトイレにも行かなかったので、そもそもすれ違うことがそんなにありませんでした。だから今後も出来るだけ会わないように気をつければいいやと、あまり気にしていなかったのです。とんでもないクズですね。

当たり前の話ですが、家族は僕の存在をとても迷惑に思っていたのでしょう。何年経っても引きこもり続ける僕にとうとう業を煮やし、あるとき両親が僕を家から追い出す計画を立て始めました。

その話し合いはたびたびリビングで行われていました。僕は寝てる振りをしながら、自分の部屋から聞き耳を立ててその話を聞いていました。話し合いのときの口調がなんだかいつもの気軽な雑談の感じではなく、かなり深刻な雰囲気を帯びていたことをよく覚えています。

そのとき初めて、これやばいかもと思ったのでした。

実は自分が引きこもってることについて、家族も迷惑してるだろうなということはうすうす感づいてはいました。でもまあ、もう少しくらいなら大丈夫でしょという希望的観測が僕のなかにあったのも事実です。現実と向き合うことを恐れて逃げていたのですね。

とにかく、そのとき僕は初めて危機意識を持つことになりました。お金もないし人も怖い。もし本当に追い出されてしまったら、生きていくことなど到底できそうになかったからです。

一時はホームレスになるしかないと真剣に検討していました。しかしネットでホームレスの社会を勉強するうちに、どうやらそれも無理っぽいと思うようになりました。(ここでは割愛しますが、ホームレスの社会にも厳しい人間関係があって新参者は大変みたいです)

そんなある日、ついに両親が僕の部屋に入ってきました。
部屋に入ってくるなんてそれまでには無かったことだから、何の用件かはすぐにピンときました。

そして話し合いが始まりました。これが家族会議というやつなんでしょうね。議題はもちろん僕に家から出て行ってほしいということでした。

話した内容はあまり覚えてないですが、追い出されたら僕は生きていけないからもうちょっと待ってほしいというようなことを泣きながら主張した気がします。なんとも見苦しい姿です。

ただその必死の抵抗が功を奏して、すぐに働きはじめるならもうしばらく住んでもいいという話に落ち着いたのでした。

もともと精神が弱かったこともあって、家族会議を終えた僕はかなりパニックになっていました。

その日からは夜中にパソコンをつけて、ぼろぼろ泣きながら自分に出来そうな仕事がないかを朝まで検索することが日課になりました。

すぐに働き始めると約束した手前、その言葉を実行に移さなけばならなかったのです。

でもネットで調べててもいい情報ってなにも無いんです。
正確には無いわけじゃなくて、自分に自信がなさすぎるせいでこれならできそうという仕事がぜんぜん見つけられないんです。

ネットを使った僕の初めての就活は、時間だけは過ぎていくばかりで何の成果を残すこともありませんでした。

その後しばらくして、そんな姿を見かねた親からもたらされた情報で家の近くのコンビニに求人が出てることを知り、勇気を出してそこに応募してみることにしたのです。これが僕の社会復帰の第一歩となったのでした。

ひきこもりを抜け出すきっかけになった危機意識の正体

以上の体験談を見ていただければ分かるとおり、僕は社会復帰への一歩を踏み出すときに2種類の危機感を持っていたのです。

ひとつは、家を追い出されて今までの生活ができなくなってしまうという、生活を維持できなくなることへの危機感。そしてもうひとつは、家を追い出されてしまったら生きていくことができないという、生命を脅かされることへの危機感です。

衣食住が確保されているというのは、人間が安心して生活できる最低条件です。そのうちのふたつを一度に失いそうという状況に立たされたら、死にたくなければ無理やりにでも行動を起こさなければならないのです。

これが僕が上のほうに書いた、自分の生活もしくは生命が脅かされるくらいの緊急性を要する危機感、つまり引きこもりを抜け出すために必要不可欠な危機感ということになります。

ひきこもりを抜け出すための危機感を自分の力で高める方法

僕の場合は両親が危機感を掻き立ててくれましたが、もしそういった外部的な刺激が入ってこない環境であった場合はどうすればいいのでしょうか。

ご安心ください。ちゃんと自分の力だけで危機感を高めることは可能です。

そんなときは、自分の将来のことを考えてみましょう。

ひきこもり続けていれば、遅かれ早かれいつかは生活が破綻することは誰にでもわかることです。しかしひきこもっていると、まだ先の話だからとその現実から逃げてしまうことも簡単にできてしまいます。

現実逃避が簡単にできる。それがひきこもりが長期化しやすいひとつの理由だと僕は思っています。

ひきこもりから脱出するための危機感を高めるためにも、まずは現実と向き合ってみて、このままいくと自分の将来がどうなる可能性が高いかを想像してみましょう。

外に出る必要もないし、労力もそれほどかかりません。ただ頭のなかで想像してみるだけですからね。ハードルは低いですよ。寝る前にベッドのなかで少しずつ試していきましょう。

参考までに、以下にひきこもりを続けた場合に甘受しなければならないことを書いています。これは僕がひきこもっていたときに考えていた未来の自分の姿でもあります。

どれもまだ先の話ではありますが、ひきこもったままの生活を続けていればいつかは必ず訪れる未来です。

ぜひ自分の中の危機感を呼び起こして、ひきこもりからの脱出に成功してほしいと思います。

何十年も続いていく苦痛にひたすら耐え続けなければならない

現在ひきこもりの方、あるいはその経験がある方なら分かってもらえると思いますが、ひきこもり生活はとんでもない苦痛を伴うものです。

僕はいま社会復帰をして毎日働いています。しかし社会人となったいまだからこそ、ひきこもり生活がいかに苦しいものであったかがよく分かります。

確かに毎日働くことは大変です。仕事には行きたくないし、疲れてへとへとになるし、ストレスもたくさん溜まります。

でも社会人とひきこもりの両方を経験してみると、ひきこもり生活をしていたときのほうが圧倒的に苦しかったとひしひし感じます。

自分の人生がどんどんダメになっていく恐怖。いやおうなく年を取っていくことに対しての焦り。劣等感や自己嫌悪などもろもろ。こういった苦しみは実際に経験してみないと分からないでしょう。

ずっと引きこもったまま身動きが取れないでいると、楽しいことも経験できないまま、人生の大部分がこの際限のない苦しみとの戦いになってしまいます。

僕は数年引きこもっただけで毎日布団にくるまって奇声を発する状態になってましたが、それがあと何十年も続いていくというのは想像もつかないような苦痛です。

もし引きこもりを続けるのであれば、この苦しみから逃れることは出来ません。一生かけて、じわじわと精神を蝕まれていくことになるのです。

誰にも愛されない悲しい人生を受けいれなければならない

誰かに愛されたい、好きになってもらいたいというのは誰でも思うことです。もちろんひきこもりにもそういった感情はあります。

しかしひきこもり生活を続けていく場合、この願いが叶う可能性は一切なくなります。

もしかしたら誰かとネットで繋がることはできるかもしれませんが、実際に面と向かって話をしたり触れあったりすることはできません。一時的に寂しさを紛らわせるだけの関係に終始するでしょう。

ひきこもりから抜け出したとしてもこの願いが叶うとは限りませんが、少なくとも可能性は生まれます。

もし引きこもり生活を続けていくとしたら、誰かに好きになってもらえることを願いつつ、かといってそのための努力をすることもできず、永遠に満たされることのない願望を抱えたまま嫉妬と憎しみのなかで生きていかなければならないのです。

何も成し遂げられない無意味な人生だったと振り返らなければならない

誰もがそうであるとは限りませんが、僕はひきこもっている間は無気力そのものでした。

抑うつ傾向もあったので、起きている間はなにもやる気が起きず、ニコニコ動画を見たりテレビを見たりして生産性のない時間を消費していました。

せっかく有り余る時間があるのだから、その時間を有効活用できれば何かが変わっていたのかもしれません。ですが僕にはそれが出来なかったのです。

この問題は時間が解決するものではなく、きっとあのまま引きこもり続けていても何も変わらなかったと思います。

その場合、もし死の淵に立たされたときに自分の人生を振り返ってなにを思えばいいのでしょうか。

記憶のなかには大切にしたいと思えるものなど何一つなく、ただ怠惰に時間が過ぎ去るのを待つだけの無価値な人生が映し出されるのでしょうか。

もし引きこもり生活を続けた場合、死の直前に人生を振り返ったときに、自分の人生はなんて無意味だったんだと絶望することになってしまいます。

悲惨な孤独死を迎えなければならない

引きこもり生活を死ぬまで続けた人間は、死に際も悲惨だと言わなければなりません。

すでに両親もおらず、頼れる人もおらず、お金もないことが予想されますから、想像できるのは安くて古いアパートの狭い部屋にひとりで住んでいる姿です。

年老いて体力もなく、食べものを得るにも困るような生活。病気になっても、誰も助けてくれる人はいません。

こうして徐々に衰弱しながら誰にも気づかれることなくひとりで死んでいき、一週間後に部屋から異臭がすると警察に通報が入ったことで亡骸を発見されるのです。

最後は共同墓地に埋葬されておしまい。それがたった一度の自分の人生のフィナーレです。

大袈裟だと思うかもしれませんが、これは実際に現実に起きていることでもあります。

引きこもり生活を続けた末路は、このように目も当てられないものとなる可能性が高いのです。

最後に

このページに書いたことは極端な事例ですが、決して非現実的な話ではないです。

危機感を持つなら早いほうがいいです。
ここを読んでいる今ならまだ間に合います。

僕はいま、死ぬときに振り返ってみていい人生だったと思えるような生き方をしたいという気持ちでがんばってます。あくまで理想ですので、実現できているわけではないですが。

でも目標に向かって少しずつがんばるのも、意外と悪くはないですよ。

みなさんも自分の理想の姿に向かってがんばってみませんか?

最後にマザーテレサの言葉を引用して終わります。ここまで読んでいただきありがとうございました。

人生とは機会です。
そこから恩恵を受けてください。
人生とは夢です。それを実現してください。
人生とは挑戦です。それをかなえてください。
人生とは義務です。それを完成してください。
人生とはゲームです。それを楽しんでください。
人生とは約束です。それを果たしてください。
人生とは悲しみです。それを乗り越えてください。
人生とは歌です。それを歌ってください。
人生とは苦労です。それを受け入れてください。
人生とは悲劇です。それを慰めてください。
人生とは冒険です。それを思い切ってやってください。
人生とは運です。それを作っていってください。
人生とはあまりにも貴重なものです。それを壊さないでください。
人生とは生きることです。戦いぬいてください。

マザーテレサの厳選33の名言から学ぶ【人生と仕事の哲学】 から転載
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