自殺するのもかなりの勇気が必要ですよ。僕が自殺に失敗したときの話。

子供の後ろ姿

生きているのが辛いですか?
苦しい思いをしていますか?
人生に挫折しそうですか?

その気持ち、すごく分かります。

僕にもそんな時期があったからです。そして実際に行動に移したこともありました。

でも人間って、悲しいことに死にたいと思ったからってそんなに楽には死ねないんです。

不思議ですよね。

環境に適応してきた生き物なんだから、脳が死ぬと決断したら体の痛覚なんかも遮断してくれてもよさそうなのに、体は全然健康なままなんです。

だからいざ死のうってことになったとしても、痛いし怖いし苦しいしんです。

そのハードルを超えていかなければならないんです。

並大抵の精神力では完遂することはできないです。

自分の意思とは無関係に産まれてきて、自分の意思で安息に死ぬこともできない。

どんなに辛くても、どんなに苦しくても、強制的に生きていかなければならないんです。

理不尽ですよね。

でもそれが現実なんです。

もしかしたら本気で死にたいと思ってここを見ている方もいるかもしれません。

でも残念ながら、あなたがもし自殺を計画していたとしても、それをやり遂げるためにはすごい勇気が必要になるんです。

計画を実行に移す前に、まずは僕の体験談をみていってください。

苦しまずに死ぬための自殺セット

段ボール

これ、何だと思いますか?

ただのぼろい段ボールに見えますが、中には少し変わったものが入ってます。

分かりますか?

自殺セットです。

何年も前、自殺を考えていた頃に用意したものですね。

首吊り用のロープとお薬が入ってます。

ロープは2chの掲示板を参考にして買いました。

これから死ぬっていうときにも2chに頼るしかなかったんですよ。他に誰もいないから。

このロープはクレモナロープというやつで、首を吊るために最も適していると紹介されていたものです。確か3000円ぐらいだったと思います。

販売した方はまさか自殺に使われるとは思ってもいなかったでしょうね。

薬は心療内科に通っていたときに飲まずにためていたものでしょう。

ロキソニン、ロキソプロフェン、パキシル、サインバルタ。どれも飲みかけになってます。

おそらく自殺を図ったときに飲んだ状態のままになっています。

ちょっと調べてみたら、ロキソニンとロキソプロフェンは風邪薬なんでしょうか。それなら心療内科で処方されることはないと思いますが、なぜそんなものがあるのかは不明です。

自分では冷静かつ理性的に死に臨んだつもりでしたが、こうしてまばらに飲まれてるところを見るとけっこう動揺してたのかもしれないですね。当時の精神状態が窺われます。

実はこの箱、かなり久しぶりに開けました。

ラベルが剥がれてしまっていたので、いつ頃のものだったのか分からなかったのは残念でした。でももう何年も前の話です。

内容を見ても分かるとおり、お酒で薬を飲んで、意識が朦朧としてきたところで首を吊る計画だったわけですね。

薬はアルコールと一緒に飲むと、吸収しやすくなって効き目が増しますからね。

自殺を決意した引きこもり時代

僕は以前、引きこもり生活をしていました。

学校を卒業してからも四年ぐらいしてました。

学生の頃から若干不登校気味ではあったので、そのままの流れで引きこもりになった感じです。

引きこもり生活をしていた頃はひどい状態でした。

夜中に奇声は発するわ、突然ボロボロ泣き出すわ、将来への不安に耐えきれず悲鳴をあげるわ、コンプレックスのニキビが治らなくて絶望するわ、独り言の口癖が「死にたい」だわ、もう人間としてかなりだめな領域までいってました。

このときが死にたい気持ちが一番強かった時期です。

容姿も醜く、友人もおらず、学歴も低く、職歴もなく、それらを補える突出した能力もない自分は、死んだほうが確実に楽になれると思ってました。

だからそのうち自殺を決意するようになったのも、いたって自然で時間の問題だったのかなと思います。

苦しまずに死ぬ方法を調べたり、自殺に最適な場所を考えたりといったことは以前からしていました。

ただ身辺整理に手をつけ始めたのは、死ぬことを心に決めてからでしたね。

自殺の方法に首吊りを選択

自殺方法には、やはりオーソドックスな首吊りを選びました。

いろんな情報を見ていると、首吊りが一番手軽で苦しみも少なそうに思えたからです。

大分前に流行っていた完全自殺マニュアルにもそう書いてあったらしいですしね。

首吊りは、定型、非定型にわかれます。

定型は首を吊ったときに地面に足がつかない体勢。

非定型はその反対で足がつくような体勢のことです。

なので首吊りでよくイメージされる樹海での方法は定型ということになるでしょう。

僕は非定型を選びました。

自分の部屋でも簡単に実行できそうだったからです。

もちろん部屋で死ぬと家族に迷惑をかけることになるだろうなとは考えました。死んでまで迷惑をかけるのはいかがなものかと。

でもホテルで死んでもホテルの従業員、樹海で死んでも近隣住民や捜索する警察の人といったように、どこで死んでも結局誰かに迷惑はかけてしまうんです。

それに引きこもってる時点で既にかなりの迷惑はかけているので、むしろ家族にしてみたら死んでくれたほうが厄介の種がいなくなっていいんじゃないかと思ってました。

なので仕方ないかと思い、一番安心できる自分の部屋で死ぬことにしたわけです。

計画していたのはドアを使った首吊りです。

首吊り家の中で首吊り自殺どうやってすんのよから転載

こんな感じでドアの裏側からロープを回して首にかけます。

この方法を知ったときはびっくりしました。

自殺ってこんなに手軽にできるのかと衝撃を受けましたね。

恐怖に負けて自殺に失敗

しばらくたったある日、家に誰もいないタイミングを見計らって実行しました。

ちなみに首吊りをすると、死んだあとに腸の内容物が漏れ出てしまうという情報を得ていたので、いつでも実行できるように食べ物はあまり食べないようにしてました。

実行に当たって、まず手元にあった薬を飲みました。

経験のある方もいるかもしれませんが、心療内科でもらう薬を飲むと思考が緩やかになる感覚があります。なんというか、余計なことを考えなくさせるような作用があるんです。

このときも頭がぼんやりしてくるのを待ってからロープを手に取りました。

ロープをドアにセットしたら、あとは首にかけるだけです。

首吊りは普通に考えると苦しそうです。それは酸欠で呼吸が出来ない状態が続いて窒息死するイメージがあるからです。

でもうまくやれば、脳に行く血流を止めることで、すぐに意識を失うことが可能ということでした。つまり苦しまずに死ねるってことですね。

ただそのためには、頚動脈洞という首にある部位を圧迫するようにうまくロープを当てる必要があるんです。

頚動脈洞がどこにあるのかは全然知りませんでしたので、ネットの画像を参考にしながらロープを首にかけたのを覚えています。

恐怖はもちろんありました。

お酒と薬で思考が鈍っているとはいえ、これから自分の人生を終わらそうとしているわけですから当たり前です。

よく聞く「これでやっと楽になれる」みたいな安心感はまったくありませんでした。ただただ恐怖でいっぱいでした。

少しずつ首に体重をかけていくと、確かに血流が滞っていく感じがありました。

呼吸の苦しさはあまり意識にのぼってこなかった気がします。

ただ頭に流れていた血が行き場をなくして、どんどん顔に溜まっていくのを感じました。

首から上だけがどんどん熱くなっていって、このまま続けていたら破裂するんじゃないかと思うぐらいでした。

結論からいうと、僕はその頭が破裂しそうな感覚が怖くなって首からロープを外してしまいました。

ロープに体重をかけていたのはだいたい一分かそこらぐらいだったと思います。

いかにもあっけない終わりかたですね。

このしょぼい感じが僕らしいといえばらしいです。

ロープが切れて失意のうちに失敗とか、たまたま帰ってきた家族に間一髪救助されるとか、せめてもう少しそういったドラマチックな展開があったほうが華がありました。

でもアニメ版の「NHKにようこそ」で山崎君もいっていたように、僕らひきこもりにはドラマチックな幕切れなんて似合わないですから。

後悔すべきは死ねなかったことであって、失敗の仕方がかっこわるいことじゃないですからね。

意気込んで自殺を決意した身からすれば意思が弱すぎてちょっと恥ずかしいですが、正直に話すとこんな終わりかたになってしまいました。

だから僕の自殺未遂は家族に発覚することもなく、誰も知らないうちに始まって誰も知らないうちに終わったのでした。

自殺未遂して気づいたのは、本当は生きていたかったのかもしれないということ

自殺に失敗してからは、死ねなかったことについてかなり考えました。

死ねないということは、これからも生きていかなければならないということです。

これからどうやって生きていくのか、もう一度試してみる勇気は残ってるか、そんなことを考えました。

実は、ロープに体重をかけて、頭にどんどん血がたまっていく恐怖と戦っていたときに感じたことがありました。

それは、もしこれが失敗して後遺症が残ったらどうしようという心配です。

今回は運良く後遺症みたいなものは出ませんでしたが(あまりにもチキンすぎたのが逆によかったのかもしれないです)、いうまでもなく脳は人体で最も重要な器官ですから、脳が酸欠になれば後遺症が起こる可能性は充分考えられました。

後遺症が残れば、その後の人生はさらに苦しいものになるでしょう。

僕にはその恐怖を乗り越える勇気がなかったんです。

死ぬ死ぬいいつつも、後遺症が残ったら嫌だと考えてる時点で、まだ現実を諦めきれてなかったんですね。

自殺未遂前は死ぬことしか考えられませんでしたが、未遂に終わってからは実は自分がまだ生きることに期待してるんだってことに気づかされてしまいました。

結局のところ、心の底で僕は誰かの助けを求めていたんです。

もちろん死んでしまいたいという気持ちも本物でした。でなければ実際に行動に移したりはしませんからね。

でもそれと同じぐらい誰かにこの苦しい状況から救ってほしいと願ってたんです。

自分ではどうすることもできないなら、あとは誰かになんとかしてほしいと縋るしかないんですよね。たとえその誰かがどこにも存在しないことが分かっていたとしても。

自分を救ってくれる誰か、自分が前向きに生きていけるための何か。

そんなものはどこにもないことは誰だって分かってるんです。

苦しまずに死ぬための自殺方法すら見つからないんだから、自分の苦境を救ってくれる方法なんてどこにもあるはず無いんですよ。

それでもその何かを求めて、情報の片鱗を求めて、意味もなく夜通しネットを探しまわったりするんですよね。

それは実は、まだ生きることへの希望を捨て切れていない証拠だったんです。

死っていうのは一番分かりやすい逃げ道です。

だから苦しい状況に立たされたとき、自然とそっちの楽な方に考えがいきやすいです。

でももし逃げずに現実に立ち向かうことができるのであれば、そっちのほうがいいですもんね。

僕はまだそっちの方の期待を捨て切れていなかったってことです。

この気持ちに気づいたことは、自分のなかではとても大きなことでした。

死にたいと思ってるあなたに伝えられること

もしかしたらあなたは今すぐにでも死んでしまいたいと思ってるかもしれません。

その苦しい気持ちはよく分かります。

生きていると、自分には味方になってくれる人なんて誰もいないことを実感します。

人間がどれほど醜悪な生き物なのかを目の当たりにします。

自分の未来がお先真っ暗であることをまざまざと見せつけられます。

そんな状態では、希望などとても持つことはできません。

意思が弱すぎて自殺に失敗した人間がいうのもなんですが、引きこもりを卒業して社会に出ていても、あのとき死んでおけばよかったと思うことは多々あります。

だから僕には世の中に絶望しているあなたの助けになるようなことは何もいえません。

「生きていればいいことがある」なんて無責任なこともいえません。

でも僕が自殺に失敗して、引きこもりから抜け出して、そして社会復帰をして感じたことがあります。

それは、この社会はもしかしたら、自分が想像していたよりもほんの少しだけマシなのかもしれないってことです。

希望がないのは厳しいことです。

未来に対する明るい兆しが何もないというのはとても辛いことです。

ただそれでも、産まれてきてしまったからには生きていかなくてはなりません。

何のために生きなければならないのか。

苦しい思いをしてまで生きる価値はあるのか。

そんなことは誰にも分かりません。

分からないまま、生きていくしかないんです。

ただ生きること、行動することを続けていれば、仮にいま希望がなくてもいつかわずかな光明が見えてくることもあるかもしれません。

自殺を考えるまで自分を追い詰めてしまうあなたはすごく真面目な人なんだと思います。

残念ながらこの世の中は、他人を優先して考えることができる優しく真面目な人よりも、そうでない人のほうが楽しそうに生きていたりします。

自分が苦しむくらいなら、真面目な考えは捨ててしまいましょう。周りにいる人たちを粗雑に扱ってしまいましょう。自分勝手になりましょう。

僕はそれでいいと思ってます。

だから、世の中があなたが想像するよりも少しだけマシであることに期待して、もう少しだけがんばってみませんか?

最後に

普通の健全な人には、自殺というワードはどう映るんでしょう。

やっぱりそんなことを考えるのは心が弱いからだとか思われるんでしょうか。

死にたいなら早く死ねって感じでしょうか。

少なくともまともなイメージではないですよね。

きっと死にたいなんて考えたことすらないって人もたくさんいるんでしょう。

そういった人たちは、僕やあなたとはまったく違う人生を生きてるんですよね。

僕らの感じる苦しみなんて分からないことでしょう。

僕は死にたい欲求を持つことは何もおかしなことではないと思っています。

いまになって思い返してみても、引きこもり時代に僕が自殺を考えたのは当然の結果だったと思います。

引きこもりからは抜け出したい、でも自分が社会に馴染める自信がないなら、残るのは死ぬという選択だけですから。

たいていのニートや引きこもりは最終的にこの思考にたどり着くんじゃないかと思ってます。

いまは自殺なんて考えられないと思ってる人でも、同じ状況になれば同じ事を考えるんじゃないでしょうか。

僕は自殺に失敗しました。

しかも、かなりしょぼくれた失敗でした。

でもたとえ失敗だったとしても、実行に移した経験のある人はそんなにいないのではないかと思ってそのときのことを書くことにしました。

自殺にはとてつもない勇気が必要です。

生存本能に反した行動を、理性の力で取らなければならないんですから。

最後までやり遂げた人は本当にすごいと思います。

僕は自殺肯定派でも否定派でもありません。

だから死にたいと思ってる人がいても、絶対に辞めるべきだとは思ってません。

苦しむ本人にとって、死んだ方が楽になるのかそうでないのか、そんな判断はできないからです。

ただ、たったひとつの出来事で人生が変わることがあるのも事実です。

僕の場合は、ずっとコンプレックスだったものを解消できたことで、人生が上向きになりはじめた気がしています。

だから、まだ生きることに対して少しでも期待を持てているのであれば、できるだけその気持ちを大切にしてほしいと思います。

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