職場の人たちと仲良くなれないのはあなたが優しすぎるせいかもしれないですよ。

孤独な人

なぜか周りの人たちと仲良くなれない。

距離を縮めることができない。

しかも自分だけ。

そう感じることはありませんか?

それは単に人づきあいが苦手なことだけが原因なんでしょうか。

他に原因はないんでしょうか。

手っ取り早く仲良くなれる方法はどこかにないんでしょうか。

そういった点についていろいろと考えたことをまとめてみました。

人見知りが他人と仲良くなるのは難易度が高い

まわりの人と親しくなれないっていうのはなかなかつらいことです。

特に比較対象がいる場合はその苦しさが引き立ちます。

たとえば一緒に入社した同僚がいつの間にか職場の人たちと砕けた間柄になっていたりするのを見たら、なんともいえない気持ちになりますよね。

こっちは親しい人間なんてひとりも作れてないのにって。

他人は他人で、自分は自分。

そんなふうに言い聞かせてみても、やっぱり心のどこかでは羨ましく思ってたりするんですよね。

別に必ずしも周りにいる人たちと親しくならなければならない訳ではないんですけど、それでもやっぱり出来るならそっちの方がいいですもんね。

人と親しくなる方法。距離を縮める方法。

それが分かったら、自分のコミュ力の低さを恨めしく思うこともなくなるんでしょうか。

たとえば自分から積極的に話しかける、というのは人と親しくなるためのいい方法かもしれません。

でも正直、人見知りの元引きこもりにはつらいです。

コミュ力の低い人間でも実践できる方法が何かあればいいんですが、それを探し当てるのはかなり難易度が高い気がします。

人間は一人ひとり違います。

趣味嗜好も違えば性格も違います。

きっと誰に対しても有効な、これで間違いないっていう解決策はないんでしょうね。

でもひとつだけ、僕が引きこもりから社会に出て気づいた点があります。

人を大切にしすぎてはならない

僕が社会に出てから気づいたこと。

それは目の前の相手を大切にしすぎてはならないってことです。

だからといって冷たく接しろっていってるわけじゃないですよ。

最低限の節度さえ保っていれば、人は意外と適当に扱っても大丈夫ってことです。

というよりも、力を抜いて適当な感じで気楽に接した方が、たくさん気を使うよりも親しくなりやすいとすら感じます。

自分でも少し意外に感じたので、なぜなのか理由を考えてみました。

適当に接した方がパーソナルスペースが狭まりやすい

なぜ適当に接した方が親しみを感じられるんでしょうか。

いろいろ考えてみたんですが、やっぱりそれは壁を取り払いやすいからなんだと思います。

たとえば初めて話をする人だと、相手がどんな人なのか分からないですから少し身構えてしまいますよね。

いつも顔を合わせる人と接するよりも固くなってしまいます。

そんなとき、意識することといえばマナーだったりモラルだったりでしょうか。

間違ってもため口で話したりなんてことはしないですよね。

相手に失礼にならないように、ちゃんとした敬語を使って話すわけです。

それは自分と相手の間に線引きがあるからなんです。

心理学の用語ではパーソナルスペースといったりもしますね。

知らない人が立ち入ってきたら不快に感じる自分の領域ってのがあるんです。

満員電車が嫌なのはいろんな人にこのパーソナルスペースを侵略されるからですね。

単純にぎゅうぎゅう詰めがつらいからって理由もあると思いますが。

このパーソナルスペースっていうのは相対する人によって広くなったり狭くなったりするものなんです。

たとえば親しい友人や家族なら狭いから近くにいてもなんとも思わないけど、初対面の相手だと広いのであんまり近寄られると困るって感じです。

このパーソナルスペースは、仲がよくなるにつれ狭まっていきます。

相手に気を許せるようになるんですね。

文字通り距離が縮まるってわけです。

話は戻りますが、それではなぜ人を大切に扱わないことで親しくなりやすいのでしょうか。

それは相手のパーソナルスペースを狭めやすくなるからです。

たとえば相手に対して気を使いすぎているとどうなるでしょうか。

仕事中だからとキッチリカッチリした敬語を使いビジネスライクに徹した人間と、あなたは親しくなれる自信があるでしょうか。

あるいは他人に気を使いすぎてオドオドしていたりすぐに謝ったりする人と仲よくなれる気がするでしょうか。

僕には難しいかもしれないです。コミュ力が低いって理由もありますが。

なぜならビジネスライクに接したり過剰な気づかいをすることは、「私はあなたに対して自分のパーソナルスペースを狭める気はありませんよ」っていう宣言になってしまうからです。

私とあなたはあくまでも仕事上の関係だけの他人ですよと宣言しているも同然なんですね。

もし仮に自分にそういう意図がなかったとしても、相手にそういうふうに捉えられてしまう可能性は充分あるんです。

自分のパーソナルスペースを狭める気はないってことは、距離を縮める気がないってことになります。

相手がこちらの態度の裏側にそんな意図を読み取ってしまったら、当然それ以上は親しくなることはできないですよね。

逆に人に対して適当に接した場合はどうでしょうか。

あまり深いことは考えずに、砕けた感じで接したとします。

それで嫌がられることももちろんあるでしょうけど、受けいれられることもあるわけです。

受けいれてもらえた場合、それは「あなたと親しくなりたいですよ」というサインとして相手が受け取ってくれた可能性が高いです。

こちらが自分のパーソナルスペースを狭めますよ、という意図を感じ取ってくれたってことですね。

軽口をいいあったりできるのは、親しい間柄である証拠ですよね。

だから気軽に接することを受けいれてもらえたなら、お互いの距離を縮められる可能性が高いってことですね。

人見知りには心の優しい人が多い

あまり気を使いすぎないことで親しくなれる可能性を書きましたが、もちろんこれは程度によります。

普段からあまり人のことを考えてない人がさらに気を使わなくなっても、それは逆効果でしかないですからね。

ここで書いたことは、他人に対して奥手になってしまう人見知りの人に向けたものになります。

まあ、それ以外の人たちがこんなところを見てるとは思えないですけどね。

僕は人見知りの人は、心が優しい人が多いんじゃないかと思うんです。

他人に対して奥手なのは、他人に対して迷惑をかけたくないという気持ちの裏返しなのかなと思ってます。

たとえば自分に自信がなかったり、会話が続くか心配だから自分から話しかけられないって人は多いと思います。

でもそれって、自分が話しかけたことで相手が気を悪くしないかとか、会話が続かず沈黙になってしまったら相手の迷惑だと思うから話しかけられないってことですよね。

自分の利益を最優先に考えるのであれば、積極的に他人を使ったほうが効率的です。

仕事を押しつけたり、変わりに出席票を提出しといてもらえば自分は好きなことをできますからね。

でもそれができないっていうのは、自分の利益ではなく相手の気持ちを優先して考えてるってことじゃないでしょうか。

引きこもりになる人にも人見知りは多いです。

それもやっぱり自分ではなく周りのことに神経を使ってしまうからって理由が大きいと思います。

つまり他人に対して奥手な人っていうのは、無意識に他人に優しさを振り分けすぎているってことですね。

人見知りが他人を大切に思わなくなるための方法

ではそんな無条件に優しさを振りまく人見知りが、他人に対して適当に接することができるようになるにはどうすればいいんでしょうか。

少し嫌な言い方になってしまうんですが、ひとつ思い当たる方法があります。

それは他人に気を使ってばかりいてもそんなにいいことはないってことをきちんと理解することです。

人間関係っていうのは難しいです。

たくさん気を使えばその分仲良くなれるわけではありません。

友人が増えるわけでもありません。

自分が評価されるわけでもありません。

その反対で、前述したように自分にとって不利益になってしまうこともあります。

僕はこのことに気づいたとき、神経を削ってまで何やってるんだと自分に呆れました。

相手を思いやるという行為には思いのほかたくさんの労力がかかります。

本来必要のない範囲まで考えているわけですからなおさらです。

脳の処理能力の何割かは確実に持っていかれます。

ストレスも増えるし、余計なことをたくさん考えて疲れてしまいます。

いいことは何もないんです。

人間はガラスの置物とは違うんですから、そこまで神経を使って丁重に扱う必要はないんですよ。

何事もやりすぎはよくないってことですね。

最後に

周りの人と仲良くなれないのはなぜなのか。

そんな問題に対して考えたことをまとめてみました。

  • 自分が親しみを持っているように思わせることができれば、相手も答えてくれる可能性が高くなる。
  • 他人を丁重に扱いすぎると逆に親しくなりにくい。

というのが大まかなポイントです。

自分が相手からどう見えるかっていうのは言うまでもなく重要なポイントですが、意外と意識してない人が多いんじゃないかと思って書いてみました。

他人をどうでもいいと思うことで逆に距離が縮まるっていうのは面白いですよね。

ぜひ参考にしてみてくださいね。

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